第3508日目 〈佐野亨『ディープヨコハマをあるく』を読みました。〉 [日々の思い・独り言]

 観光ガイドに載らない〈影の部分〉にスポットをあてたり、裏路を足にまかせて歩いた横浜の本がちかごろ目にとまる。
 八木澤高明『裏横浜──グレーな世界とその痕跡』(ちくま新書 2022/05)、山田清機『寿町のひとびと』(朝日新聞出版 2020/10)を前者に於ける近年の収穫とするが、果たして此度読んだ佐野亨『ディープヨコハマをあるく』(辰巳出版 2022/08)は後者に於ける収穫となりうるか。──結論を先に述べるのは控えて、感想をまずは綴ろう。
 東京都文京区小石川で生まれた著者は、「都内や埼玉の各所を転々としたあと、小学四年生のときに横浜の保土ヶ谷へ引っ越したが、「高校に進学すると同時に、市営地下鉄の弘明寺駅にほど近い南区の住宅街に引っ越すことになった」そうである(P2「はじめに」)。20代後半に都内に戻ったが、本書執筆の取材をきっかけにふたたび横浜へ転居、本牧・山手・根岸エリアを拠点にして現在に至る由。
 南区時代と現居住エリアの賜物か、功を奏したというべきか、本書を通読して感じるのは、横浜駅以南根岸駅以北の一帯を扱った章の記述はずいぶんと濃厚であることだ。関係者談話も散りばめられていて、読み応えがある。
 知られた界隈を歩いて、見過ごしてしまいそうな〈過去からの声〉に立ち止まってその由縁をすくいあげていること、わたくしは特に良いと思うた。こちらの不勉強も影響しているが、例えばフランス山の愛の母子像(P101-2)、MM21地区の内田町(P176-7)、京急平沼橋駅の存在(P165)など、本書で初めて知ったことが幾つもある。
 野毛の──というか横浜の──ジャズ喫茶といえば「ちぐさ」ばかりが専ら話題になるが、わたくしはむしろ「ダウンビート」派だ。そのダウンビートが取りあげられ、3代目店主氏の談話を載せるのもうれしい。15ページ「知らない者同士が『この曲、いいね』なんて気軽に声をかけあえるのが理想だし、そもそもジャズはそういう自由なセッションによって成り立つ音楽ですから」という店主氏の話を聞く(読む)と、ジャズ喫茶は敷居が高い、排他的だ、常連や店内の圧が怖い/重い、なんて思うて二の足を踏んでいる人にこそダウンビートを訪ねてほしい、そこでジャズを全身に浴びてその面白さに開眼してほしい。そんな柄にもないことを願ったりして(笑)。
 会社の目と鼻の先にある日本丸交差点からJR高架向こう、国道16号線の雪見橋国道側交差点(本書では「国道側の雪見橋交差点」 P176)の一帯を内田町というとは、本書を読まねば終ぞ知らなかったろう。ホント、あのあたりは住民登録者数ゼロ、だものね。そこを住所とする会社に勤めていない限り、オフィス街の町名なんて(東京丸の内や大手町以外は)知らないままで過ごすだろうしね。
 (ここで1つ、注文。国道1号線を「第二京浜」と書くなら、国道15号線も「第一京浜」とするなど記述の統一をしてほしい。ふとした瞬間に混乱するのである。)
 地元と呼ぶべきエリアであっても中途半端に離れていたり、再開発で昔日の面影偲ぶこと難しくなった場所程、公園や施設、路の名前を知らなかったりする。本書で痛感した。あすこが星野町公園というのか、あれが浅野ドックなのか、あの路にはコットンみらいロードなんて名前がついているのか……と(P188-9)。
 ──本書の隠れた特徴の1つに、関東大震災で亡くなった朝鮮人をけっして無視していない点がある。事細かに犠牲者や被災者の数、プロフィールなどを綴っているわけでは勿論ないが、探訪した先に朝鮮人慰霊碑があれば立ち止まって由来など取りあげ、それを建立した人或いは関係者の談話を載せるのは貴重で、重要である。些細なことであり、誰にでも扱えそうだが、実はそんなことはない。この点からしても本書を労作というて江湖に推奨する理由は、じゅうぶんあるのである。
 筆を擱く前に〈未だ知る人ぞ知る〉なバー、スターダスト店主氏の言葉を引きたい。曰く、──

 造船所があった頃は、みなとみらいのほうなんて真っ暗でなにも見えなかった。いまはそこのコットンハーバーにしても、こうこうと明るくなっちゃって。店のなかは変わっていないけれど、外の風景はまるで変わったね。(P193)

──と。
 実感として頷けるところが大きいお話だ。表の皮1枚剥いで露わになる横浜って、得体の知れない薄暗さを湛えた町なんだよ。本書のタイトル「ディープヨコハマ」に呼応した言葉と思う。
 今回は取りあげられなかった横浜市北部を扱った続刊を期待したい。◆


ディープヨコハマをあるく

ディープヨコハマをあるく

  • 作者: 佐野 亨
  • 出版社/メーカー: 辰巳出版
  • 発売日: 2022/08/01
  • メディア: Kindle版




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