第3636日目 〈萩原朔太郎『恋愛名歌集』を読みました。〉04/12 [日々の思い・独り言]

目次
零、朔太郎の事、『恋愛名歌集』を読むに至った事、及び本稿凡例のような物。←FINISHED!
一、朔太郎が『恋愛名歌集』「序言」で主張すること。←FINISHED!
二、朔太郎、「解題一般」にて本書の意図を語る。←FINISHED!
三、朔太郎の『万葉集』讃美は、時代のせいもあるか?(総論「『万葉集』について)←NOW!
四、朔太郎、平安朝歌風を分析して曰く。(総論「奈良朝歌風と平安朝歌風」)
五、朔太郎、『古今集』をくさす。(総論「『古今集』について」)
六、朔太郎、六代集を評す。(総論「六代集と歌道盛衰史概観」)
七、朔太郎は『新古今集』を評価する。(総論「『新古今集』について)
八、恋歌よりも、旅の歌と海の歌?(万葉集)
九、朔太郎『古今集』選歌に触れてのわが所感(古今集)
十、総じて朔太郎は「六代集」を評価する者に非ず。(六代歌集)
十一、朔太郎の定家評に、いまの自分は深く首肯する。(新古今集)


 三、朔太郎の『万葉集』讃美は、時代のせいもあるか?(総論「『万葉集』について)
 『万葉集』はわが国の青春時代の歌集である、と朔太郎はいう。飛鳥-藤原-奈良朝の日本が経験した興国の隆盛が、ここには封じこめられている。外国文化を取り入れて独自に発展・開花してゆく国風文化の誕生は、「人心益々刺激を求めて活気に充ち、興国新進の元気真に溌剌たるものがあった」(P175)のである。
 そんな気風もあってか、『万葉集』の歌風は八代集とは異なり、自然直截、力強く、詩感は放縦不羇、格調は荘重剛健、情熱は赤裸々そうして素朴である。八代集及びそれ以後の歌のように、技巧で自分自身を隠してしまうようなことはなく、いい方はアレだが奔放で、自分の想いや感じたことを飾ることなく詠いあげたのが、『万葉集』の歌うたである、といえよう。
 ただその『万葉集』のなかでも、(時代推移に伴う)歌風の変化は確実に起きていた。こんにちわれらが『万葉集』の代表歌人を訊かれて思い浮かべる人──これは朔太郎の活躍した近代でも、契沖や真淵、千景が研究に励んだ近世でも、定家や三条西実隆が校訂に着手した中世でも、等しく事情は変わるまいが──は、ことごとく初期の人々であって、後期になると一人、編纂者とされる大伴家持が即座に浮かび、他は『万葉集』や『百人一首』に親しむ人が1人、2人の歌人を加える程度だ。このあたりを朔太郎は述べて曰く、──

 特になかんずく、編纂の末期にあたる奈良朝後代の多くの歌は、既にほとんど原始万葉の興国精神を失って居る。名歌人大伴家持等によって代表される後期の歌は、一般に著しく理智的となり、観照本位的となり、繊鋭の神経と技巧とを発育させて、物心の静観を重んずるようになってきた。即ち情緒の解放を精神として、大胆不羇の情熱を高調した原始万葉集の浪漫主義は、後期に至って観照本位の歌風となり、情熱よりも静観の智慧を尊ぶ、客観的レアリズムに推移して来たのである。(P177)

──と。
 そうして──再三の話で申し訳ないが──朔太郎は日本の歌史に3つの峰あり、1つ目がこの『万葉集』、2つ目は『新古今集』、3つ目を近代明治以後、と呼ぶ(P209−211「六代集と歌道盛衰史概観」)。これもかれにいわせれば、偶然ながらも必然の感がある。
 曰く、『万葉集』がこんにち自分たちの時代にあって「魅力深く、かつ本質的に理解し易いのは」、──

 明治開国以来の新日本と、上古万葉時代の日本と、多くの点で国情が類似して居るからである。開国以来の新日本は、王権復古して上古に帰り、外国と交通して文化を輸入し、国民の意気大にあがって、興国新進の気運溌剌として居る。そして上古万葉時代の日本が、丁度またこの通りであったのである。それ故に明治以後の新歌壇は、当然『万葉集』への復帰を叫び、それの立脚する大精神から、一切新しき歌の出発すべきことを力説した。(引用いずれもP178)

──云々。
 本節末尾の補記に、上を踏まえた近代歌壇の潮流に触れた部分がある。万葉初期から後期編纂の頃までの約60年間、初期の興国精神の浪漫主義から後期の観照主義静観主義への歌風の変遷は、そのまま与謝野晶子を代表とする明星派(これも若き血潮あふれる浪漫的歌風であった)から斎藤茂吉を統領とする写実的、実相主義、生活密着の歌風へと推移した事実を以て、偶然にして必然の運動一致だというのだった(P181)。
 朔太郎の『万葉集』讚は、こうした時代の流れから生まれているものだが、かれの実作(短歌であれ詩であれ)からはその詩魂、『万葉集』を遠く離れて寧ろ『新古今集』に根っこを張り養分を吸いあげている、とわたくしには映るのである。□

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