第3661日目 〈朝のこの部屋、昨夜のこの部屋。〉 [日々の思い・独り言]

 06時13分にPagesを立ちあげて、朝食までの時間を用いて短いものを書こうと思っている。なにを書くか、まだまったくこの時点では決まっていない。
 2023年07月11日(火)天晴。西日本は大荒れの天気だというのに、こちらは相変わらずの晴れ日だ。この時間から早くも「熱中症注意」のアラートが出ている。
 わたくしのいる病室はちょうど東に面していて、しかも前は職員用駐車場兼救急車両の停車スポットということもあり、朝の陽光を遮るものはなにもない。左手の丘陵には戸建住宅が隙間なく建ち並び、遠くに新幹線や東名高速道路が視界を横断しているけれど、それが日射しを防ぐ役に立つわけでないのは考えるまでもなかろう。そも病室とそれらは目算2キロ近く離れているようであり。
 部屋が東に面していて、朝陽を遮るものがなにもない、ということは、容赦なく室内に日射しが降り注ぐ、ということでもある。もっと率直に、正直にいおう、この部屋にいる限り起床時に時計はいらないし、誰かに起こされるのを待つ必要もない。太陽が起こしてくれるのだ。要するに、日射しが早朝から入りこんで来て、わたくしの体を温めるのだ──否、蒸し焼きにしようとするのだ。太陽が時計代わりになってわたくしを起こしてくれる、といえば聞こえはいいが……。
 こうした生活を何日も続けていると、ああこれがいちばん健康的な生活サイクルなのかもしれないな、と考えてしまう。農家の生活サイクルを喩えてよくいわれる言葉──朝太陽が昇ると共に起き、太陽が沈むと共に寝る──が、いまのわたくしの生活である、といえば一笑に付されるだろうか。が、ここまで書いてきたことを読んでくださればこの喩え、わりと首肯いただけるのではないか。朝は太陽に6時前から起こされ、夜は日没から数時間後の21時前に休んでいる。消灯時間だからね。
 入院してからずっと書いている日記を繙けば、わたくしの起床時間と就寝時間は瞭然だ。消灯時間=就寝時間、とは必ずしもならないけれど、消灯から1時間が過ぎる頃にはもう寝ているんだよ。人間とは環境に適合する生物なのだ。周りが暗くなって、しかもなんの音もしないとなれば、体はなにかを察してお休みモードに切り替わるようである。
 いま試みに、入院翌日からのわたくしの起床時間を、その日記から列記すれば、──
 2023/07/03(月)天晴
 0515 起床。コードネーム・マダム・イアダにおしぼりで顔拭かれる。昨夜最後のお手洗いからの帰途の際、車椅子押したる者なり。
 2023/07/04(火)天晴
 06:21 部屋点灯、起床。血圧・血中酸素濃度・体温測定。数値知らされず。
 2023/07/05(水)天陰
 0644起床。血圧・体温測定に来たるで起きる。お水、お茶、看護補助の方新しいものを入れてくださる。
 2023/07/06(木)天陰→昼前より天晴
 06:30 電極の様子見に近る。雨,日附変わる頃から短時間強く。今はやむ。
 06:48 血圧・血中酸素濃度・体温測定に。今日高気圧酸素治療最初。08:30頃点滴外しに来ると云々。朝食07:30頃という。
 2023/07/07(金)天晴
 06:00 起床。この部屋東面するため朝の陽光よく刺しそれ故に起きる点もあり。なんと健康的な生活か。朝日のなかでダラダラとベッドの上で過ごして、↓
 06:25 洗面とお手洗い。
 2023/07/08(土)天陰→昼前から天晴
 06:15 起床。
 2023/07/09(日)天晴
 05:40 太陽の光を浴びながら、起床。要するに眩しくて、暑かったのである。
 2023/07/10(月)天晴
 06:00 起床。窓より差し込む陽光浴びながら微睡む。
──となる。
 今日火曜日は、──
 2023/07/11(火)天晴
 05:25 起床。
 05:46 微睡ののち体起こして、お手洗い。この起床時間、起きてから二度寝することなくある事、消灯時間、食事の時間、その内容、帰宅してのちどの程度まで維持できるか、あるいは完膚なきまでに崩れるか。
 それにしても陽の光浴びて目が覚めるとは、なんとも心地よく健全であることか。
 現在05:51。
──である。
 確実に、ではないから気のせいかもしれないけれど、だんだんと起床時間は早まってきているようだ。まるでスティーヴン・キングの『不眠症』である。幸いとわたくしはこの病院で〈クリムゾン・キング〉に会うことも〈ロウ・メン〉に狙われることもなく、安寧な日々を過ごせているが……。
 ただわたくしの場合はラルフのようになにかに導かれて就寝時間がどんどん短くなっているわけではなく、時間を有意義に使いたい、その一念だけから今日も昨日も6時前から起き出して顔を洗い、部屋の遮光カーテンで窓を半分くらいまで閉めて、ベッドの上に胡坐を掻いて本を読むなりMacを立ちあげて文章を綴るなりしているだけなのだ。まァ病院にいる以上、どこへふらり、と遊びに行くこともできませんからね。
 ──繰り返すが、この病室は、暑い。太陽が動いて頭上に来ている時間であっても、まだ部屋に朝の熱気が籠もっている。窓を開けることもできないから必然的にエアコンで調整するか、そのまま暑気が部屋から消えるのを待つしかない。幸いと午前中は、例の高気圧酸素治療であったりリハビリであったり、時にMRがあったり、で、病院にいるのになんだかタイトスケジュール(呵々)だから正直なところ、看護師や看護補助の方々が思う程暑さを猛烈に感じることはないのだ。
 が、昨日はなぜか暑気が籠もっている時間は、普段より長かったようだ。昼過ぎ、MRから戻ってくると3階の担当看護師が部屋のエアコンを調節して、涼しくしてくれていた。寒かったら呼んでください、というて去って行ったが、夕方まではその設定温度、結構快適であった。が、体が馴れたのだろう、夕食前の血圧・体温測定の頃には少し冷えてきたな、と感じて夜勤の看護師さんに頼んで設定温度を上げてもらった……なんとそれまでは設定温度22度だったそうである! 寒いわ、このままだったら風邪引くわ。
 しかし、本当の試練は消灯直後から始まった。寒い……。異様に寒い。部屋に霊がいるわけでもないのに、なんだか寒い。布団を足許から首まで掛け、肩をバスタオルでくるんで完全防備しても、既にその感覚ができあがっているせいか、徐々に肌を冷気が撫でてくる。まったく以て心地よくない愛撫だ。エアコンの吹き出し口から聞こえる風量の音は、気のせいかやたらと威勢よく、元気で、……寒さに震える体を痛めつける。
 耐えること約40分。遂に意を決して、ナースコールのボタンを押した。押そうか押すまいか、押したとしてどう伝えたら角が立たずに済むか、と考えていたら、そんな時間が経過していたのだ。もうどうにでもなれ、と云う気持ちであったことは否定しない。そうして呼んだ。2分くらい経ってから、夜勤の看護補助の方(男性)が見えたので事情を説明すると、すぐに首肯してエアコンを調整してくださった。設定温度は変えることなく、あまりに強かった風量を調整することで、事態は改善した。単純に設定温度の話かと思うていたのだが、風量の調整で済むとは思いもよらなんだ。ただ実際、その後は非常に快適で、エアコンの吹き出し口から聞こえてくる風の音もそれまで馴染んだ低い音だったので、さきほどの05時25分までお手洗いに起きることもなくぐっすりと眠れたわけである。
 もしかするとわたくしがこんな時間に今日起きて、眠気を感じることなくこの文章を不乱に綴っていることができるのは、エアコンの調整がきちんと為されたためかもしれない。老後の夫婦の寝室ではないが、部屋の温度は快適な朝を迎える必須要件というのは案外と本当のことのようである。
 現在07時26分。予定通りならばあと30分するかしないかのうちに朝食が配膳されるはずだ。それを理由に、わたくしもちょっと手を休めたい気分でいる。というわけで、本稿の筆はここでひとまず擱くことにしよう。◆

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