第3665日目 〈退院翌日、脳神経外科の本を買う。〉 [日々の思い・独り言]

 病気の再発や病院への逆戻りが怖くて、本音をいえば(夏の間は)外出したくない。が、そうもいうていられないのが現実だ。白血病の薬が入院最終日の朝に底を着いたので、退院の翌日からかかりつけの病院に来た。治療ではなく、処方箋をもらいに来たのである。
 その帰り道に立ち寄った書店で、脳神経外科看護の本を購入したのは、白血病と同様自分が罹っている病気について知りたい、という好奇心、探究心からのこと。ぱらぱら目繰って自分の理解がどうにか追いつき、知りたいことが載っている本は2冊あった。両方とも買えてしまえばなんの問題もないが、今後いろいろと支払も残っている身に専門書を複数冊一緒に買うというのは清水の舞台から飛び降りるよりも慎重を要する。
 為、今回は知りたいことがより多く載っている方を選んだ。入院中に受けていた点滴注射の溶解薬や、入院途中から服み始めた血液をさらさらにする薬が写真付きで紹介されている本である。初日と翌日に行った脳梗塞の判断チェックについても分かる文章で書かれた本でもある。途中、今回は幸いと無縁で済んだ開頭手術や脳血管内治療、ドレーン管理などわたくしよりも重い症状の場合に必要とされる治療各種についてもページが割かれているが、もしこのような手術や治療が必要になっていたら、いったい自分はこれから先どうやって生きて行くことになるのだろう……と暗然とさせられたことである。
 書店の帰り道、カフェに立ち寄った。病室で撮った写真を見ながら本稿を進め、その本にも目を通している。脳神経疾患の症状説明や症状の確認方法など、今回の入院と大いに関係ある章を読んでいると、看護師の方々が異口同音に仰った言葉が否応なく思い出される。曰く、本当に早い段階で判断して救急車を呼んで良かったねぇ、と。少しでも通報が遅れていたら重症化していたかもしれない、とも。
 症状の訪れは突然だった。庭の草むしりや家の周りを掃いて、その直前は過ごしていた。家に上がって会社に提出する書類を書いてしまおうとしたとき、右腕が固定されることなくすぐにだらりと落ちてしまった。はじめは右肩がなにかの拍子に脱臼したのか、と思うて様子見するつもりだった。しかし、脱臼であれば相当の痛みを感じているはずだ。それが、ない。書類に記入する際も、右手でペンは持てても指先に殆ど力が入らない。書かれた文字はかなり弱々しい。いつもの自分の字ではなかった。
 気附くと、だんだん正常な判断力が同時に失われてゆくような気もしてきた。書類を書いたあとは金融機関に出掛けて、お金を下ろしてくるつもりだった。が、本能がそれを取り止めるよう命じている。スマホで病気の診断サイトを複数検索して、そのどれもが脳梗塞(他)の疑いあり、と診断を下すのに身震いした。まさか!
 取り敢えず掛かり付けの病院に電話して症状を訴えた。その時点ではじめて、自分でも言葉の呂律が回っていないのに気がついた。ちゃんと喋ろうとすればする程、言葉はうまく出て来ない。すると、「電話越しでも脳梗塞の可能性を感じます。うちは脳外科がないので受け入れできないが、いますぐ救急車を呼んでくださいっ!!」と、かなり切迫した声で指示された。最早それくらい症状は明瞭なのか。
 暗澹とした気分で次にやったのは、まず会社への連絡である。脳梗塞の疑いあり救急車を呼ぶので、明日は休ませてほしい。電話に出た社員(所長)はかなり疑わしげで、相当投げやりな態度で渋々明日の欠勤に同意した。わたくしは所長の対応もその時の声調もけっして忘れない。
 無意味な怒りを感じつつ、ようやく119番に電話して、たどたどしくも必要事項を伝達した。15分くらいで救急車が到着する由。それまでに身の回りのものをリュックに放りこみ、玄関に坐りこんで救急車の到着を待った。自分の足で動けるのが唯一の幸い事だった。
 そうして到着した救急要員の先導で救急車に乗りこんで、お薬手帳を見せて症状の確認と意識の確認をされた後に搬送先が選ばれて──入院していた病院に担ぎこまれた。
 「第3657日目 〈脳梗塞の疑い有りで入院したわたくし。〉」で書いているため、これ以上の重複は避けよう……って読み直してみたら、これ以上は重複しようがないのね。あちらでは時間を交えて書いたことを、こちらでは時間表記を外しているだけに等しいから。ちなみに前者は入院した夜にスマホのメモアプリに入力、翌日補記した日記から一部転載したことをお断りしておく。
 入院生活12日、前半はとにかく点滴がお友達状態であった。どこへ行くにも点滴スタンドを押して歩き、落滴を調整できる装置が付いたスタンドになるとわずか数ミリの段差に反応してビー、ビー警報音を鳴り響かせる。日中ならともかく夜お手洗いに立ったときに鳴かれると、困った。それを止めて再び作動させる権限を持つ人が限られているので、看護師さんが来てくれるのを待つよりなく、時に真っ暗闇のなかぼんやり立ちすくんでいるわたくしの姿は、事情を知らない人が見たらまさしくホラー、病院の怪談、である。正直なところ、笑い話ではない。まァそのお陰で、段差がある所に差しかかるとスタンドをゆっくり、そっと、両手で持ちあげて、静かに床に下ろす動作が身についた。落滴調整装置が付かない普通の点滴スタンドになっても、自然とその動作になっていたことこそ笑い話というべきであろう。
 スタンドを両手で持ちあげられたことは、右腕の位置をキープできるようになり、右手の握力も戻ってきたことを意味する。これは翌日夜には分かっていたことだけれど(食事で汁物のお椀を引っ繰り返すことなく持ちあげ、口許まで運んで元に戻すことができた)、改めて点滴スタンドというそれなりに重量のある代物を持つことができたのは静かな喜びであった。これが看護師の方々が異口同音にわたくしにいうた、本当に早い段階で判断して救急車を呼んで良かったねぇ、少しでも通報が遅れていたら重症化していたかもしれない、という台詞の背景の一つだろう。
 入院中は4人部屋を最後まで1人で使っていたこともあり、血圧・血中酸素濃度・体温測定その他諸々の用事で部屋に出入りする看護師や回診されている医師、看護補助の方々、アメニティ会社の方々と比較的言葉を交わす機会は多かった。その内容はすべてではないけれど、メモアプリに記録した(先述の日記である)のだが、それらはいずれも実体験に基づいたヒアリング内容である。が、こちらに知識がないために聞き取って記録した内容には錯誤や誤解も相応にあろう。
 それを正す目的あることも含めて、脳神経外科の本を購入した。元々難聴気味だっただけでなく昨年は慢性ながら白血病を発症し、今回図らずも脳梗塞なんて病気まで体験した。癌によって闘病を余儀なくされた母のそばにいたことで、必然的に癌についても無関心ではなくなった。趣味:読書の範疇に医学書を含める人がどれだけいるか分からないけれど、特定の病気を患った過去を持つ人ならば誰しも容易に手を伸ばし得るジャンルでもあるだろう。わたくしが折節大きな書店へ行くたび毎に医学書コーナーに彷徨いこんであちらこちらと手にしているのは、自分が経験した病気について、治療について、医療従事者がどのような勉強をしているのか、単純に「知りたい」という好奇心からなのである。◆

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