第2803日目 〈書斎旅人の妄言。〉 [日々の思い・独り言]

 京浜急行が大好きです。大好きすぎて、通勤の経路を選ぶ際は如何にして京急に長く乗るか、乗れるか、を基準に考えています。乗るのも見るのも、路線図を眺めるのも時刻表を眺めるのも、大好き。特定の区間ではとなりを走るJRに喧嘩を売らんばかりの勢いで、抜きつ抜かれつのデッドヒートを繰り広げる(これ、ホンマやで?)。僅差で横浜駅に滑りこんだときの、体の芯からほとばしり出るアドレナリンの分泌量は、ちょっと他では経験できない程であります。高校時代から今日に至るまでの数十年、通勤通学遊びで使っているともうこの赤い電車は日常にあるのが当たり前の存在。もうあまりに愛が過ぎて、京急の株まで所有してしまっています(ぶふふ)。
 電車に乗っていると、旅に出たくなる。満員電車に揺られてふと、扉の上の路線図が目に入るとじーっ、と見詰めている。駅名を読み、乗り換え路線をチェックし、どうやって誰にも会うことなく遠くへ行き、日帰り旅行を愉しむか、てふあらぬ計画を立てている。
 路線図をお確かめいただければおわかりのように、京急は羽田空港と成田空港を擁し(成田空港は接続路線である京成線だけれどね)、南は三崎に横須賀逗子、途中に横浜川崎(蒲田)品川を持ち、浅草線に入っては三田に大門東銀座、そうして日本橋に浅草があり、京成線になってからは柴又と成田空港を持つ。完璧な布陣じゃん。日常からの逸脱を誘う、イケナイ路線が京浜急行なのである。ターミナル駅を使えば神奈川県下を縦横無尽に移動でき、東京都内だって行けない場所はどこにもない(ビバ、地下鉄)。完璧な路線ジャン。
 それはさておき、時折ふと旅に出たくなるのは事実である。羽田空港に用事あって行ったときなんて、お金があったら当日の搭乗券を買ってどこか遠くへ行ってみたいもん。いけませんな、この尻軽というか遊牧民みたいな企みは。拠って立つべき日常の基盤を失うことにもなりかねない。やるなら退職後か定年後にやりなさい、って感じだよね。
 とはいえ、そんな風に旅に出たいどこかへ行きたい、と騒ぐなら、具体的に行ってみたい場所はあるのか、と訊かれたら……しばらく考えちゃいますね。いま自分が本心から行ってみたいのは、どこなのだろう。何日出掛けるか、でまた話は相当変わってくるが、家族旅行でも友人知己を誘っての旅行でもなく、たった独りでふらり、と足を向けるなら……?
 日帰りなら県下に遊ぶか、都内なら昔なじみの場所でしばらく訪れていない所で人目を避けるか。だいたい迷いに迷って無難に鎌倉へ行くんでしょうね。藤沢から江ノ電に乗って極楽寺や長谷で途中下車して谷に迷うて出たとこ勝負の探訪と洒落こむか、鎌倉まで行って小町で買い物食事、そこから逸れて清方美術館を久しぶりに訪れるか、或いは幕府時代の遺構を訪ねて歩くか。
 まぁ、正直なところをいわせていただくと、数日行方をくらませて、信州か北陸に行ってみたいな、と。長野県なら小諸や佐久、鏡花の小説でおなじみな「木曾街道奈良井の宿」とかね。諏訪や蓼科には当方、格別な思い入れと思い出があるので、チトこの逃避旅行の行き先には相応しくない、と自粛。
 北陸かぁ、北陸なら断然、金沢と芦原ですな。芦原は素敵な所だった。田んぼの向こうに落ちる夕陽、あれは忘れられない光景だった。宿も温泉も人も食事も、申し分ない場所。贅沢が許されるならば、1年に1度は投宿したいところである。そうして金沢。芦原と違って申し分ない宿は見附けられていないけれど、市内にはお気に入りの場所が幾つもある。そうして訪ねたけれど休みで目的を果たせていない観光スポットも、幾つかある。その代表格はなんというても泉鏡花記念館。わたくしが行ったときは企画展かなにかのために展示品の入れ替えを行っていて、なんともタイミングの悪いときに訪ねてしまったものだ、と近くを流れる浅野川を眺めながら嘆息したものであった。金沢城址も能楽博物館も、室生犀星記念館ももう一度行ってみたいなぁ……嗚呼、そういえば金沢21世紀美術館も休館日で入ることができなかったんだ! ここも忘れちゃいけない。そういえば武家屋敷も見学していないな、家族は行ったそうだけれど。
 で、こうして倩書き出してみて、あれ、と思うた。東日本から出る気は、どうやらわたくしにはなさそうである。いや、アンチ西日本なわけでは決してない。大好きですもん、奈良も滋賀も、あと京都も。滋賀県は比叡山しか行ったことがないので、びわ湖ホールへオペラを観に行くのと一緒に琵琶湖をゆっくり回ってみたいですね。そうそう、鳥人間コンテストの時期だけは外さなくっちゃな。
 もう一つ、あれ、と思うたのだが、むしろこちらの方が、昔のわたくしを知る人間にいわせれば、あれ、というかもしれない。地方の祭りや民俗を訪ねる旅、という視点がまるで欠けていることだ。かつては折口学や恩師の学問に触発されて、雪まつりと花祭りを契機に諸地方の夏祭りや暮れの行事、或いは黒川能を始めとする衰退を始めた伝統芸能の採取を行い、民俗学の領域に自分の居場所を見附けたかったのだ。そのきっかけにもなった隠岐への旅行は、未だ果たせていない……。
 わたくしが本格的に(というてよいか)電車好きになったのは、ダーリン・ハニー吉川さんの旅番組を見たのがきっかけだ。それまでのただ漫然たる「好き」ではなく、もう一段階二段階のぼったところにある「好き」。そうしてそれが、旅行への燠火のような憧れを抱かせるに至った。その根源は他所の土地への好奇心と憧れ、折口信夫・柳田国男・早川孝太郎・宮本常一の民俗再訪と記録、その弟子或いは継承者たちの更なる探訪記を読んだのが、出発点。書斎の紙上の旅行から表へ出た、地に足着けて棒にするまで歩き続けるような旅行への移行。が、いまなお荷物を提げてどこにも行かぬところを見ると、わたくしはまだそんな旅行をするだけの強い動機や衝動、情熱というものを持っていないようである。◆

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