第2804日目 〈きょうの日に語られるにふさわしいお話を;11年前の恋の夢。〉 [日々の思い・独り言]

 文京区のシビックホールに用事があって来ました。どうしてもあの日、あの夜のことが思い出されます。信じられますか、あれからもう11年が経ったのです。
 あの夜の催し物は2日間の興行で、どこかのバレエ教室の発表会でしたが、どのような内容のプログラムであったか、よく覚えていません。覚えているのは会場前の列が道路の方にまで伸びており、30分前で蛇行状態になっていたこと。その蛇行状態の列を館内誘導するにあたって、あなたが先輩の功を見せつける見事な列誘導を行ってくれたこと。開演前の小1時間の早い段階でクッションやストールがすべて捌けてしまったこと。開演中にどこかの業者が彷徨いこんできて、一時的に無線がパニック状態になったこと。休憩終わりの客入れにてんてこ舞いしているときに、どこからともなくあなたが現れてあっという間に客入れを完了させてしまったこと(あのときのあなたの妖艶な笑みを、未だに忘れられません)。そうして、最終日に荷物をまとめて社員の方々と一緒に有楽町へ戻ろうとしていると、あなたが誰もいなくなったロビーに友人としゃがみこんでいたこと。あのとき、どんな会話を交わしたか、それともなにも話さなかったのか、よく覚えていないのです。
 あのとき玉砕覚悟で声をかけていたら、未来はどのように変わっていたのでしょうか。もちろん、現在となにも変わっていない公算の方が大なのでしょうけれど、どうも未練たらしくあの夜の「if」を考えては、自分の情けなさに嗟嘆してしまうのです。かりに永続しない関係だったとしても、なにかしらの楽しい時間は過ごせたかもしれない。なんというても世間の浮かれるクリスマスでしたからね。その時間を大切な思い出にして、そのあとの人生を無為に過ごすことにも堪えられたことでしょう。
 とはいえ、あのときのあなたは翌春に大学卒業、総合商社への就職を控えた女子大生だった。まぁいろいろと人生に疲れを感じ始めてもいた30なかばの男には、過ぎたる相手であったことはよく承知しております。でもねぇ、好きだったんですよ。わたくしもなにやら大なり小なりの噂を耳に挟んだことはありましたが、どうかそれがあなたを不快にさせていなかったことだけを、遅蒔きながら祈ります。
 奇しくもわれらは同じ財閥グループの企業に勤める者でしたが、こちらが住宅を売るための営業に勤しみ契約書をチェックしたり、残物件の購入希望者の掘り出しに溜め息したりして地べたを泥臭く這い回っている間、あなたは誰も知らない見たこともない外国で、歴史に残るような仕事にかかわっているとあっては、どうしてあなたの近くで生きることができましょう。よくいいますね、住む世界が違うのだ、と。それを実感しました。でも、しかし、気持ちがそれでねじ曲げられることは終ぞなく、ぐっさりと心へ突き刺さったまま現在に至っています。
 美と才を備えたあなたのことだから、もう家庭を持っている身なのかもしれない。すくなくとも、あなたを幸せにしてくれる人はそばにいてくれるのでしょう。それならいいのです。わたくしはハンス・ザックス、諦念を知る者です。とはいえ、──
 “Die Hoffnung lass ich mir nicht mindern,nichts stiess sie noch über'n Haufen.”
 “私は少しも希望を捨てていませんよ。希望とはそう簡単に消えるものではないのです。”
(ワーグナー《ニュルンベルクのマイスタージンガー》第3幕第二場)
 ──よいではありませんか、きょうはクリスマスです。葬られた恋の夢を語るにきょう程ふさわしい日があるでしょうか?◆

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