第3524日目 〈美人薄命 ──その医師去りしあと。〉 [日々の思い・独り言]

 いまこれを書くため倩往時を振り返っているが、どうしてもその人の姓を思い出すことができないでいる。短時間ながらかつては週1,月1ペースで顔を合わせていた人。多からずとも少なからずの恩を抱いている人。にもかかわらず──である。
 思えば兆候はあったのかもしれぬ。7月、普段と違って医服に非ず、喪服の如し。9月、診察で赴けば体調不良とて欠勤で、その週のローテーション表に名前はなく。10月、理由は定かならねど退職されており、担当患者は皆々該科の副部長に診ていただくことに。最後にお見掛けしたのはなぜか、地元の区役所であった。
 咨、記憶力が良いとは哀しい出来事を、淋しい気持を、いつまでも忘れられずにいる、ということなのだね。難をいえば、これが仕事に一向活かされぬことか。まぁ、それはさておき。
 あの方なかりせば、涙腺の問題の発見、適切なる治療、視野の回復はあり得なかった。むろん、他の医師でも同じだったろう。が、決定的に他と異なったのは、目を合わせてこちらの話を聞いてくれること、ちゃんとこちらを見て話してくれること、だった。
 ずいぶんと若い医師であったので様々苦労を抱え、己が不明に至らなさを思うこと、あったやもしれぬ。それでもふしぎと全幅の信頼を寄すことのできたのは、患者と向き合う態度に誠実さと謙虚さを感じ、好感を抱いたがためであった(もう1つだけコッソリ話せば、うむ、その涼やかな目許がかつて一緒に仕事をした人と似ていたんだよ)。
 今後も通院は続く。そのたび、12診の前を通るたび、わたくしは、件の医師を思い出すだろう。◆

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