第3375日目 〈橘崑崙『北越奇談』から、幽霊船に遭った船頭の話を紹介します。〉 [近世怪談翻訳帖]

 わたくしにはいま、本ブログにてシリーズと云うべきものがあるそうです。
 1つはヒルティに代表される「〜の言葉」、1つは「こんな夢を見た」
 1つは「モルチャックが行く!」、もう1つは「YouTubeで懐かしの洋楽を視聴しよう!」
 そうしてもう1つが、「近世怪談翻訳録」(仮題)であります。
 むろんここに読書感想文などは含めない。あくまで折に触れ、気の向くままに筆を執るものであります。
 話を戻して上掲、いずれも断続的に、本当に書くネタなくしては書き得ぬ類のもの。ゆえに何年も間があいて或る日唐突に1篇がお披露目と相成ることが専らなので。
 今日(いつの”今日”じゃら)図書館で、分厚い本にはさまれて最下段へ仕舞われていた、200ページちょっとの新書版の1冊を見附けて読み耽り、借りてきました。著者は崑崙橘茂世(モヨ、と種彦の序文にフリガナがある)、書題云『北越奇談』。──鈴木牧之『北越雪譜』と並んで、越後の二大奇書、と呼ばれる越後に散在する奇談の数々や越後由来の人物素描などを綴った本であります。
 これの巻四と巻五が「怪談」と銘打たれていて、総計28の話を集めております。うち巻四ノ七に、わたくしの世代にはむしろアニメの『日本昔ばなし』でお馴染みの「船幽霊」の挿話が載ってございます。もっともこの国は四方を海に囲まれた国ですから、海にまつわる怪談奇談は山に劣らず数多ある。為、ここに載る船幽霊の話もアニメが原作に仰いだ昔話とはちょっと趣を異にしたものであります。
 後日(とは何年か経ったらば、と同義ですが)、『近世怪談翻訳録』で現代語訳に臨むつもりでおりますので、本稿ではかんたんな粗筋と作者の紹介のみさせていただきましょう、──
 【粗筋】
 頃は宝暦、と或る年の秋。五ヶ浜の船頭孫助以下7人の水夫が蝦夷松前から佐渡島の沖まで至ったとき、突然強い逆風にあって舟が転覆、1人孫助のみが命助かり、海上を漂流した。しかし波が、風が鎮まったわけでは勿論、ない。海の上を漂う孫助の目に、こちらへ近附いてくる舟の灯が映った。
 が、近くで見るその船は難破船も同様の状態である。甲板に10人程の人影が動いているが、生きているとも思えぬ。船は孫助のそばを過ぎ行く──甲板の亡者たちの泣き叫ぶ声が聞こえる。孫助はこの幽霊船に目を付けられぬよう、一心に仏神を唱えた。やがて件の船は姿を消した。
 こうして一夜が明けたが助けてくれるような舟は見えぬ。海上は小雨である。孫助は相変わらず波間に漂っていた。だんだん岸から離れて二日と二夜を海の上で過ごした。時々、かの幽霊船の乗組員の声が聞こえてくる。飲まず食わずで過ごして命絶えつつあるのを自覚したその折も折、波間に漂う藁苞1つ。なかを検めれば赤唐辛子が2つ。孫助はそれを食べ継ぎ食べ継ぎして数日を過ごした。
 或る朝、佐渡島の方から一隻の舟が来た。孫助は喉が涸れて声が出ないので、一計を案じてかの藁苞を手にして振り、手にして振り、ようやっと気附いて近寄ってきたその舟に救助された。そうして養生の後、新潟へ帰ったのである。
 さて、寛政丑の春即ちその5年(1793)春、わたしこと橘崑崙はかの地に逗留中、70歳ぐらいと思しい翁の訪問を受けた。宿の主人曰く、この人こそ孫助なり、と。翁はあの夜を回想して、話自体は安っぽいものだが、実際それを話して聞かせると身の毛もよだつ思いがして、まるで毒が自分のなかへ染みこんでゆくようでな、もうこの話をするのはあンたが最後だ、と語ってくれた。このとき孫助翁は73歳、寿命とは誠、天の定めたものであるようだ。
──以上。かんたんに、というのがそうでもなくなっちまった。ご勘弁願います。
 作者、崑崙橘茂世については以下の通り、──
 【略伝】
 生没年、生没地、係累の有無、他著の有無、いずれも詳らかではない。判明していることといえば──一時、新潟三条や寺泊などに住んでいたこと。兄がいて、その名は彦山(ゲンザン)といい、漢学者大森子陽の塾に通いかの良寛と同窓であったこと(但し崑崙と良寛の間に直接の面識はなかったらしい)。崑崙自身も広い教養を持ち、中国の書物を読みこなし医学の心得あり、絵も能くして如何なる縁あってか『北越奇談』の殆どの挿絵は葛飾北斎が担当、序文と校合は幕臣にして戯作者の柳亭種彦が請け負った。──要するに模糊とした人物なのであります。そうした意味では、伊那の井月を思わしむるところ、無きにしも非ず、と申せましょうか。
 『北越奇談』は前述しましたように、20以上のかの地の怪談を収めますが、海にまつわるものはざっと一読したところ、上の1篇のみのようであります。牧之の『北越雪譜』に載る怪談は<雪国>に深く根ざして時に薄ら寒ささえ感じさせますが、『北越奇談』はそうした重苦しさや孤絶感、などというものとどうやら縁は薄いように感じられることであります。
 此度ご紹介した1篇のお披露目がいつになるか、また本書から最終的にどれだけのお話を手掛けることになるか、いまはまだまだ不明でございます。けれど、ゆっくりゆっくり、寿命が尽きるまでなんとか数を重ねてゆきたい、と思いますのでどうぞよろしく。◆

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